シチリアのペーシにもどる


成田空港は小雨にけぶっていた。これから四度目のイタリア旅行だ。ローマよりも古くから栄えていたシチリアに旅する。例によって空港受付で航空券を受け取り、あとは勝手にどうぞ、というやつだ。今回も添乗員付きなので安心パック旅行だ。ローマまでの直行便で、ローマからパレルモへは国内便になる。飛行機はJALの機材とクルーだが便はアリタリア、なんかへん。

最初のイタリアは定番コースで、始めてイタリアという国を知った。二回目は最初の定番コースで充分に見ることのできなかったローマを、一週間一人でじっくりと歩き回った。昨年の三回目はどういうわけか南イタリアだった。そして今回はシチリアというわけであるが、これら以外にも行きたいところはまだまだある。

今回の旅行は一ヶ月ほど前に勤務先の近くの旅行代理店に行き、待っている間にパンフレットを見ながらシチリア、シチリア、これにしようか、日程は10/3日しかないじゃん、じゃあこれにしよう、とあまり研究もせずに決めてしまった。六月にデジカメを買ったのだが、このときはいろんな店に三回も四回もいってほかの機種と比べて、大きさ、性能、値段とかなり研究をしたものだ。値段が十倍近くもあるのに、それに比べると大きな違いだ。うーん、自分ながら性格がわからん。

イタリア旅行の折には必ずこのモーバイルパソコンを持ってきている。今回のスケジュール表を見ていたら、泊まるホテルの設備にメール可とあった。今年、100MのLANカードを買ったことだし、イタリアから友人にメールをしてみようと考えた。そこで昨日、Windowsのセキュリティホールをつぶすためにマイクロソフトのライブアップデートをかけた。今まで何もしていなかったので大変だった。(OSはMe) さらにノートンアンチウィルスを最新版にし、全scanをかけてウィルスに感染していないことを確認。インターネットとメールの環境を整えて実際に使えることを確認した。半日かかってしまった。

いま飛行機の中でこれを書いているがまだ四時間しかたっていない。座席の液晶テレピで映画を見ることができるのだが、なにせエンジン音がうるさい。あまりまじめに見る気にならない。一回目の食事も終わり、皆さんは午睡の時間だ。食事は相変わらずだ。食欲が落ちて私には幸いである。残してしまった。はやシベリア上空でよく晴れている。蛇行している川がよく見える。

それにしても毎回思うのだが、この巨大な飛行機(747)が12時間もノンストップで飛び続けるということに驚異を感ぜざるを得ない。皆さんは当たり前だと思っているのだろうか。私はこんなに翼が小さい物体が空を飛ぶことすら信じられないでいる。とはいっても現実に乗っているのだ。最近は慣れてしまっているかもしれない。

シチリアは四国よりも大きい島で地中海最大。500万人の人々が住んでいる。地中海の中央に位置し、交通の要所として古代からさまざまな民族が去来した。シチリアの歴史は古い。新石器時代に当たる紀元前六世紀にシカニ人が住んでいた。ギリシャ人は前八世紀から六世紀にかけてシチリアの海岸沿いに殖民都市を建設していた。ギリシャ人殖民都市とカルタゴの抗争の中で、ローマの第一次ポエニ戦争(前264年−前241年)のあとローマの同盟市となった。西ローマ帝国が滅び東ローマ帝国、ビザンチンが九世紀まで支配したあと、アフリカからアラブ人が侵入しシチリアの繁栄をもたらした。十一世紀末になるとすでに南イタリアを支配していたノルマンが征服に乗り出した。ノルマン王朝のシチリア王国は西ヨーロッパ、ビザンチン、アラブの文化を融合、発展させて十二世紀ルネッサンスをもたらした。その後王国の支配者はめまぐるしく変わり、1860年にイタリアが統一されるまで抗争が続いた。あ〜疲れた。

でノルマンというのはな〜に。
ノルマンとは九世紀末に北フランスのノルマンディー地方に定住した北方バイキングの末裔で、勇猛果敢なことで知られる。1066年にノルマンディー公ウィリアムがイングランドの王位継承権を主張して、イングランドに攻め入り征服しノルマン朝をひらいた。同じノルマンの騎士たちが、南イタリアに傭兵として活躍してゆくうちに主導権を握り王国を築いた。

ローマに着いてさらに国内線でパレルモに行くのだが、入国時の荷物検査が昨年に比べるとかなり厳しかった。ローマ発が現地時間で21時15分でパレルモに着いたのが22時25分。ホテルについてさあ寝ようというときには0時近かった。日本時間で朝の5時、体力的にはかなりつらいものがある。ん、昨年のナポリ行きとまったく同じだった。まさしくバタンキューの私であった。

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